[所在地]旧門司1丁目(甲宗八幡神社)[
地図]
[最寄交通機関]甲宗八幡宮バス停(4系統)
清盛の四子知盛の墓として伝わるもので、元は筆立山中にあったが、現在は甲宗八幡神社社殿横に祀られている。
向かって左側が墓、右側が供養塔。
平知盛は総帥である兄宗盛を補佐し、平氏の軍事的統率の役割を担った武将とされ、
家臣紀井通資に門司城の築城を命じたといわれる。壇ノ浦合戦で一門の最期を見届けた後に入水し自害した。
平家の滅びた旧暦3月24日には、この墓より火の玉が出て、知盛の霊が喉を潤すために古城山頂の
古井戸に行くという伝説がある。
[関連事項]
甲宗八幡神社、
門司城址
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史跡・伝説